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業務引き継ぎは、未来から逆算して臨む

情シス
熱海 徹 氏
業務引き継ぎ
この記事の内容
1. 「引き継ぎ」が「儀式」になってはいないだろうか
2. 過去の経験から「引き継ぎ」の「儀式化」を考える
3. スキルは引き継げない
4. 情シスの「引き継ぎ」の難しさ
5. 「引き継ぎ」の内容で大切なことは、数年後の体制をどうしたいか
6. 「引き継ぎ」で大切にしたい「約束」
7. おわりに

1. 「引き継ぎ」が「儀式」になってはいないだろうか

「引き継ぎ」というと、みなさんはどのようなシーンを思い浮かべるだろうか。僕の場合は、人事異動や、ベンダーの担当者が変わる時など、する側も受ける側も「とりあえずやる」、いわば「儀式」のような時間を思い浮かべる。正直、短い時間では覚えられない内容だからだ。

今日は3年前、定年退職時に行った「引き継ぎ」についての話しをしたい。少なくとも40年近い職歴があり、退職時くらいは今までの経験を生かして最高レベルの「引き継ぎ」ができるものと想像していたが、全くいつもと同じになってしまった。その時の「引き継ぎ」でいつもと違ったところは、「何かあったらいつでも聞いてください」とは言えないことだった。短い時間の「引き継ぎ」で何をポイントに語ったか解説したい。

2. 過去の経験から「引き継ぎ」の「儀式化」を考える

いつでも「引き継ぎ」ができるように、マニュアルを作って、整理しておけば、会社としての業務リスクが低減できるとは思う。しかし、実際は人事異動の通知をもらってから準備を始めるのが一般的ではないか。まずは現職場で「引き継ぎ」を行って、新しい職場で「引き継ぎ」を受けるものだが、いずれも「儀式化」している。

そもそも初めて会う人とのコミュニケーションが難しいのに、業務内容の話は頭に入らないのが普通だと思われる。このような「引き継ぎ」には、無理があることを知っているが、「もし、わからないことがあったら何でも聞いてください」という決め台詞で済ませているのだ。

3. スキルは引き継げない

約40年(NHK時代)の間で人事異動は数十回あり、その都度「引き継ぎ」を受け、または後任者に「引き継ぎ」を行ってきた。異動する職場にはそれなりに運用マニュアルが整備されていた。しかし、スタジオカメラの動かし方は習得できても、被写体の撮り方などは教わって身に付くものではなく、場数をとにかく踏むことが大切だという「引き継ぎ」が多かった。

放送局の仕事だから仕方ないが、厳しさを感じた。技術知識を身に付けるだけでなく、職人的な経験が必要だったからである。そのような経験も数多くして、当たり前のことだが「引き継ぎ」においては、スキルに関するものは難しいということである。

4. 情シスの「引き継ぎ」の難しさ

さらに、情シスの「引き継ぎ」は、技術的に難易度が高く容易ではない。情シス部門は他の部署に比べて会社全体のIT環境を「24時間体制で守り続けなきゃいけない」という「縁の下の力持ち」的な存在なため、普段何をしているのかわかりづらい部分がある。情シス部門には他の人が稼働している限り連絡が来てしまうため、24時間365日で動くために体制が整備されている場合が多い。

日常的に何が起きても対応を優先していたため、あらゆるケースを想定した「引き継ぎ」が難しくなる要因のひとつである。さらに、日々状況が異なるため、変化する技術を常に学習しておかなければならない。個人のスキルに依存しているところも多い。最新の技術と従来の運用を含めた多くのナレッジが必要となっているのが特徴と言える。

以前のコラムでも紹介したが、人事異動などで担当者が変わり、新しい体制になることで新しい試みが実現しやすくなるものだ。実際、「引き継ぎ」後のスキルは一時的に低下するが、未来を見据えて仕事が変化するチャンスと捉え、新しい業務を作っていくことができるタイミングである。業務レベルの「引き継ぎ」だけを目的にするのではなく、数年後の社会環境や、会社を取り巻く状況の変化などを予測した「引き継ぎ」をしてみてはどうだろうか。

業務引き継ぎの目的は、仕事を受け継ぐことではあるが、足りないところを補っていくところもある。しかし、情シス部門の日々の技術変化を思えば、過去の業務を継続するだけでなく未来を予測した業務を想定し、そこから逆算して現状を考える視点を持つと、新しい考え方が身に付くと思われる。退職前に行った「引き継ぎ」のポイントはこの部分であった。

5. 「引き継ぎ」の内容で大切なことは、数年後の体制をどうしたいか

退職時の「引き継ぎ」は、「何かあったら聞いてください」とは言えない。退職は、会社と無関係になるため情報交換が厳密にはできないからだ。自分を頼って何でも聞いて欲しい気持ちはあったが、悲しいことでもある。

話を戻すと「引き継ぎ」の内容で大切なことは、数年後の体制をどう考えているかを伝えることである。「引き継ぎ」をする側もされる側も、必ず自分と相手がいて、この目的に対して考えるということが必要になってくる。普段から準備しておくことは、「引き継ぎ」のマニュアルではなく、未来をどう創造していくか、今後起きる変化に対しての「考え方」を伝えることが重要なのではないか。

「引き継ぎ」の内容で大切なことは、数年後の体制をどうしたいか

上図は、過去に行ってきたことだけを伝えるのではなく、未来を想像し、現在へ逆算した考えをもとに、今後どのような取り組みが必要なのか、将来のイメージを伝えることが「引き継ぎ」の重要なポイントであることを説明したものである。退職時の「引き継ぎ」は、ここを意識した。

例えば、将来的には、設備やシステムの老朽化を考える必要がある。どのタイミングで新しいシステムにすべきか、予算確保のタイミング、ベンダーとの関係性などは、引き継ぐことは難しい。大切なことは、新しい業務をどんなシステムを使って運用しているか、そのデザインと完成までのロードマップをイメージするところにある。

3年前の「引き継ぎ」では、東京で開催される世界的なスポーツイベントを想定したものが中心だった。BCPの観点から在宅勤務システムを試行的に行ってきたが、まさか新型コロナウイルス感染対策に役に立つとは思いもしなかった。「引き継ぎ」の時に想定していたBCP対策は間違っていなかったことになる。

6. 「引き継ぎ」で大切にしたい「約束」

「引き継ぎ」の中で忘れてはいけない最も大切なものは「約束」である。

情シス業務では、経営的な戦略業務や、各ベンダーとのお付き合い、全社員に対する情シス運用などで「約束」していた項目をしっかり確認しておくべきである。これを怠ると今まで築いた信頼を失ってしまうだけでなく、業務そのものがやりにくくなってしまうからである。特に内容が複雑なものは、当時結んだ契約書や口約束を把握するだけでなく、媒体として残しておく必要があり、管理についても標準化しておくとよい。

というのも、「約束」には、形で残してあるものもあれば、記憶に残る無形のものもある。前任者とは約束していたと、突然言われても聞いてもいないなどの回答でトラブルに発展するケースを何度も見ているからだ。

情シスの担当者が変わるタイミングで、色々と要望を言ってくる職員がいた。また、いったん断ると態度が一変する職員もいる。情シスはいかなる状況や場面においても、短期間で問題を解決できると思われがちで、この部分をしっかり管理しておかないと、どんどん守備範囲が拡大する特徴がある。「引き継ぎ」の中で注意したいところだ。

7. おわりに

さて、今回は、「引き継ぎ」をテーマに話をしたが、情シス業務の「引き継ぎ」を極めるコツは、現在までの経緯について話をするだけでなく、将来、あるべき姿と「引き継ぎ」の時点から何をしたかったのかを語るものではないだろうか。「引き継ぎ」の時の「約束」は担当者が変わった途端、対応が悪いなどの風評被害が出るのも覚悟が必要だ。新しい体制でのスキルは一時的に低下するが、チャンスと捉えるのも間違いではない。

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熱海 徹(あつみ とおる)氏

■著者紹介■

熱海 徹(あつみ とおる) 氏
1959年7月23日、仙台市生まれ、東京都在住

40年近く日本放送協会 NHK に籍を置き、一貫して技術畑を歩んできた。転勤の数は少ないが、渡り歩いた部署数は軽く10を超えている。その中でも情シス勤務が NHK 人生を決めたと言っても過言ではない。入局当時は、放送マンとして番組を作るカメラマンや音声ミキサーに憧れていたが、やはり会社というのは個人の性格をよく見ていたんだと、40数年たった現在理解できるものである。20代の時に情シス勤務をしたが、その後に放送基幹システム更新、放送スタジオ整備、放送会館整備、地上デジタル整備等、技術管理に関する仕事を幅広くかかわることができた。今まで様々な仕事を通じてNHK内の人脈が自分としては最後の職場(情シス)で役に立ったのである。考えてみたら35年は経過しているので当たり前かもしれない。2016年7月には自ら志願して、一般社団法人 ICT-ISAC に事務局に出向し、通信と放送の融合の時代に適応する情報共有体制構築を目標に、放送・通信業界全体のセキュリティ体制整備を行った。ここでも今までの経験で人脈を作ることに全く抵抗がなかったため、充実した2年間になった。私の得意なところは、人脈を作るテクニックを持っているのではなく、無意識に出来ることと、常に直感を大切にしているところである。

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