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ヒューマンエラーの発生をゼロに近づける視点

情シス
熱海 徹 氏
この記事の内容
ヒューマンエラーは完全になくせないが、対策をすることで低減はできる
原因調査は、なぜ間違いを起こしたかではなく、なぜ間違いに気が付かなかったかを確認するべきである
エラーが起きる前から、エラーは起きている。どうしたら気が付くか?
エラーはいくつもの連鎖で構成される
なぜ、かけ声だけのヒューマンエラー対策が失敗するのか。その理由
ミスを起こした人たちと、失敗を誘発する環境の関係
「手順を省略してもうまくいった」という“エセ成功体験”には大きな落とし穴がある
対策の導入を検討するにあたって、質、量ともに職場に適しているかが鍵

ヒューマンエラーは完全になくせないが、対策をすることで低減はできる

ヒューマンエラーによる事故やトラブルは、あらゆる場面で発生している。ヒヤリハットのような小さなトラブルで済むケースから、生命に関わる事故や事業継続が困難なトラブルへと発展するものもある。

ヒューマンエラーに起因する組織的なインシデントは、昔から大きなビジネスリスクとして、その対策が課題とされてきた。ヒューマンエラーを撲滅することは非常に難しく、むしろ影響範囲の拡大を抑止する観点から個人や組織の意識を高める取り組みが重要ではないだろうか。

原因調査は、なぜ間違いを起こしたかではなく、なぜ間違いに気が付かなかったかを確認するべきである

まずは、ヒューマンエラーの原因となる「思い込み」「勘違い」「理解不足」等をそれぞれのメカニズムや、情シスを取り巻く働く環境から考え、改善に向けた事例を紹介する。事故発生時の主な動機と背景要因をまとめてみた。

①  思い込み、判断の省略:

「そう思い込んでいた」

「確認しなかった」

「いつも通りと思った」

「点検や操作を省略した」

「以前からそうしていた」

②  注意転換の遅れ:

「次の作業や他のことに気をとられていた」

「他の仕事に没頭していて時間の経過に気付かず手遅れになった」

「用件が割り込んでそちらに気をとられた」

「目先のことばかりにとらわれて、他のことに気が回らなかった」

「体調が悪かった」

③  習慣的操作:

「無意識に習慣的にやった」

「気軽、安易に手を出した」

「反射的に操作した」

「体が覚えている」

④  判断の甘さ:

「そこまで影響するとは思わなかった」

「この程度ならいいと思った」

「同僚や上司に連絡すべきなのに気付かなかった」

「同僚や上司は知っていると思った」

⑤  情報収集の誤り:

「読み違い、聞き違い、早合点、勘違い」

「予測や先入観のため情報を間違って受け止めた」

「技量未熟・知識不足のため情報の意味がわからなかった」

「与えられた情報が不明確、不正確だった」

このように、ヒューマンエラーを起こした原因については、明確に定義付けができているのだ。どこに当てはまるかを思い出した場合、複数の原因が重なっているケースが多い。実に厄介なことだ。

エラーを起こした人間に、なぜ起こしたのかを聞くよりも、なぜエラーに気が付かなかったのかを確認する方が、再発防止につながるのではないだろうか。そもそも、何が起きたかわからない状態がヒューマンエラーを起こしている状態だからだ。この時に確認して欲しいのは、エラーを起こした本人だけでなく周りの環境がどうだったのかを見て欲しいのである。エラーを起こす原因となった、その時の状態が気になる。なんとしても再発防止につなげるためだ。

エラーが起きる前から、エラーは起きている。どうしたら気が付くか?

エラーを起こした人たちに共通していることは、「正しいと思っていた」という間違った事実である。エラーは瞬間的に起きるが、そのきっかけは、かなり前から発生しているのではないだろうか。「今思えば」とか、よく聞く話である。

前職場では、工事作業で簡単なミスが続き、どうしたらヒューマンエラーを低減できるか色々と対策を講じていた。ダブルチェックや指差し確認など、気合いでどうにかなるものではなかった。

そこで考えたのが、工事前の作業レビュー(段取り打ち合わせ)をするところで、担当者の口から、「作業中にエラーが起きるとしたら何が起こるか」を想像レベルでいいので話してもらうことである。少し芝居じみているが、想定外のことを平時に話すことは結構難しいのである。

職員が考えた作業リスクを職員の口からあえて語ってもらうことで、思い込みによる事故がなくなったのである。想定外の事態を事前にイメージし、その対応を考えさせることでリスクを下げることに成功したのである。さらに、管理者側もこのやり方を繰り返し行うことで、危機管理意識が向上し、想定外の事態にも冷静に対処できるようになった。担当者からは「作業前にシミュレーションをするので、気持ちが楽になり、作業に集中できるようになった」との感想があった。

例えば、担当者が「作業が思ったよりも早く進み、作業を早く終わらせたい気持ちが先行してしまい、スケジュールを無視したことで事故が起きてしまった」という想定リスクについて、担当者が一度想像して声を出して話をしているので、そのような状況になった場合も、そこで立ち止まり事故を回避できるようになったということである。思い込みによるエラーは、実に些細なことで発生しているのである。

この結果、工事中のエラーはゼロになったのである。成果は見事10年間、人為事故をゼロにすることができた。これはレビューをすることも重要であり、担当者の体調を確認する習慣があったために、気が付いた手法であった。

エラーはいくつもの連鎖で構成される

たとえ小さな失敗による事故であっても、その事故は1つのエラーのみが原因となって発生しているのではなく、いくつものエラー(事象)がチェーンのように連鎖した結果として発生している。発生した事故に対し、「誰の責任か?」を問うのではなく「誰が防ぐことができたか?」と問うことが再発防止の観点である。しかし、なぜ、そんなことをしたのか? を問い詰める側の気持ちもわからないわけではない。

事故防止の思考回路は、
「事故発生→ 何が起こったのか→ 誰がしたのか→ 処置→ 一件落着」ではなく、
「なぜ起こったのか→ どうすればよいか→ 対策は何か」
を解明し、それをフィードバックすることが重要かと思う。

図1

図1の上部ではA作業中に失敗を見つけ、C作業では何も引きずることなく進んでいるが、図1の下部では、A作業のミスを発見できないがためにC作業の段階ではミスが増幅された形になっている。一度ミスを起こすと後々に引きずってしまう例だが、どんなわずかなことでも、気になったら立ち止まって確認することが大きなミスにならないために必要なことなのである。

なぜ、かけ声だけのヒューマンエラー対策が失敗するのか。その理由

ヒューマンエラー対策は、「ヒューマンエラーをなくそう」といった掛け声だけで終わってしまうケースが少なくない。ポスターを貼って頑張っても減少しないのである。つい起こしてしまいがちな失敗や、成功に導くための視点を紹介する。

ミスを起こした人たちと、失敗を誘発する環境の関係

ヒューマンエラーの問題は、ミスを起こした人たちと失敗を誘発する環境にある。その時、組織の中でルールの形骸化が起きてはいなかったか、作業者間のスキルバランスに問題がなかったかが、対策をする上で重要なポイントになる。

例えば2人体制で作業した場合、仮に1人はベテランで技能が高く作業も早い者、もう1人は新人で技能も不十分かつ作業スピードが遅い者だとすると、どうなるか? 技能の違いによる作業スピードの差異が発生するだけでなく、進めていくうちにますます差が大きくなり、お互いの作業内容を把握できず、ミスを起こしやすい環境を作ってしまう。

特に、OJTによる研修では先輩の行動から技術を学ぶというものだったので、間違に気が付いていてもなかなか声を出せなかったことを覚えている。少なくとも僕の性格がおとなしいということかもしれない。それらの改善のポイントについては、作業工程の中にチェックポイントを作り、振り返る時間を作ることをお勧めしたい。その時に間違いを指摘できれば事故にはつながらないのである。(先輩にはなかなか言えないのだが)

いかにして、失敗を誘発する環境から抜け出せるかが重要である。考えて欲しいことは、「自分を過信しない」「すばやく作業する部分とじっくり確認する部分を明確に分ける」等、相手のペースではなく自分流のこだわりで仕事を進めていくことが大切なのである。

下の図2を見て欲しい。上部の内容は全て作業が終わってからまとめて確認する方法だ。下部はチェックポイントを多く設定し、進行を合わせる手法。チェックポイントを要所要所に設けることで、進行に問題はないか、作業関係者の体調に問題はないかなど安全に作業をするための条件が確認でき、リスク低減とエラーの発見につながる(工事は体調管理も大切なのだ)。

図2

「手順を省略してもうまくいった」という“エセ成功体験”には大きな落とし穴がある

このように、安全行動の手順を明確に定めておくことは重要な対策ではあるが、実際の現場では効率化要求があるため、全て手順通りにできない。つまり、現場の判断で手順を省略しても、なぜかうまく調整できてしまう場合があるということだ。どんなに計画しても、計画通りにいかないものだが、現場の状況でなんでも変更をしていくことは危険だ。

「手順を省略してもうまくいった」という“エセ成功体験”を担当者はその後も同様の場面で繰り返すことになるが、大きな落とし穴がここにある。それは他の担当者にも引き継がれ、その行為はいずれ職場全体にまん延する恐れがあるからだ。自分だけよければいいということではない。ある時、不意にヒューマンエラーとなって表出するものなのである。

対策の導入を検討するにあたって、質、量ともに職場に適しているかが鍵

また、ヒューマンエラー対策では、対策の質、量が現場に合ってない場合がしばしばある。例えば、上長から新しい対策をするように命じられたとしても、現場ではすぐに新しい対策に切り替えることはせず、しばらくは従来の対策と並行して実施することが多いように思える。少なくとも僕の時代はそうだった。

そのため、かえって作業量と精神的負荷が増大し、リスクが高くなってしまう場合がある。失敗を恐れるあまりに対策が荷重になり過ぎて自分で自分の首を締め、ヒューマンエラーの引き金を引いている状態かもしれない。

やり方はシンプルであればあるほどよい。質、量ともに職場に合うか、見極める人が上層にいるかが鍵である。対策が質、量ともに職場に適しているかどうかを見極めるため、業務の流れをモニタリング(監視)する必要がある。そうすることで、その改善策が職場にとって有効なのかどうかが見えてきて、失敗しない対策を選ぶことができる。

次回は、 組織やチームで取り組むヒューマンエラーの抑止術 について解説する。

熱海 徹(あつみ とおる)氏

■著者紹介■

熱海 徹(あつみ とおる) 氏
1959年7月23日、仙台市生まれ、東京都在住

40年近く日本放送協会 NHK に籍を置き、一貫して技術畑を歩んできた。転勤の数は少ないが、渡り歩いた部署数は軽く10を超えている。その中でも情シス勤務が NHK 人生を決めたと言っても過言ではない。入局当時は、放送マンとして番組を作るカメラマンや音声ミキサーに憧れていたが、やはり会社というのは個人の性格をよく見ていたんだと、40数年たった現在理解できるものである。20代の時に情シス勤務をしたが、その後に放送基幹システム更新、放送スタジオ整備、放送会館整備、地上デジタル整備等、技術管理に関する仕事を幅広くかかわることができた。今まで様々な仕事を通じてNHK内の人脈が自分としては最後の職場(情シス)で役に立ったのである。考えてみたら35年は経過しているので当たり前かもしれない。2016年7月には自ら志願して、一般社団法人 ICT-ISAC に事務局に出向し、通信と放送の融合の時代に適応する情報共有体制構築を目標に、放送・通信業界全体のセキュリティ体制整備を行った。ここでも今までの経験で人脈を作ることに全く抵抗がなかったため、充実した2年間になった。私の得意なところは、人脈を作るテクニックを持っているのではなく、無意識に出来ることと、常に直感を大切にしているところである。

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