
皆さん、これまでのコラムで、情シスが企業の発展を支えるヒーローとなるための様々な要素を取り上げてきました。
今回は、その中でも特に注目度の高い「AI活用」に焦点を当てたいと思います。
1.AI活用の重要性と現状
現在、多くの企業がAIを活用し始めていますが、ただ導入するだけではなく、全社的にその効果を最大限に引き出すためには、情シスの役割が非常に重要です。
AIは、データ分析の自動化から生産プロセスの最適化まで、あらゆる業務の効率化を実現する力を持っています。一方で、その導入には適切な計画と管理が欠かせません。
特に情シスの皆さんには、AI技術の選定から導入後の運用、さらに全従業員が適切にAIを活用できる環境作りまで、企業全体のAI推進をリードする立場が期待されています。
このコラムでは、AI活用が情シスの業務や組織全体に与える影響、そして生産性向上のためにどう貢献できるのかについて考えていきます。
それでは、AI時代に向けた情シスの新たな可能性を一緒に探っていきましょう。
2.AI導入のステップと成功へのロードマップ
ChatGPT が登場して以降、多くの企業が生成AIを使って生産性をあげるべく、導入に取り組んでいます。しかし、その試みには成功事例以上に失敗事例を多く耳にするのも確かです。
失敗事例の要因を分析すると、目的が不明確であるとか、いきなり全体に号令をかけたものの、なかなか浸透しないといったケースが多いようです。
AI導入には、ゴール設定を明確にして導入するプロジェクト型導入シナリオと、AIを一般的なツールとして従業員全員に展開して生産性向上を狙う、展開型導入シナリオがあるかと思います。
前者はDXチームのような特定プロジェクトメンバーが主導するケースが多く、情シスが担う場合は後者が多いかと思います。
そこで、成功事例をもとに以下のようなロードマップを描きました。
ポイントは、従業員の意識を段階的に高めていくことです。
①AI活用ビジョンの明確化
従業員にどのように使ってほしいのか、理想の状況はどんなものかを言語化して展開します。
②AI利用のための環境整備
業務で安全にAIを使うための社内ルール(AI利用ガイドライン)の整備や必要なライセンス等の準備、問い合わせ先の明確化等を行います。
③現場の推進役を選定し、小さな成功を積み重ね
現場の各部にAI推進アンバサダー(チャンピオン)として、現場の推進役になってもらいます。小さな成功を積み重ね、周りに展開してもらいます。業務上の立場・役職とは連動せず、AI活用をやってみたいという好奇心を持っていることが大切です。情シスはライセンスの優先割り当てや学ぶ機会の提供などでアンバサダーを支援します。
④展開拡大
組織全体に成功事例の認知が広がってきたころに、組織全体へのトレーニングを拡大し“自分でも出来そう”という意識を持ってもらいます。その上で実績共有の仕組みづくりや、ビジネスプロセスへのAI組み込みを始めます。
⑤本格展開
独自AIの構築や新規ビジネスへの取り組みなど、本格的な投資を伴うAI活用で、より大きな会社業績への貢献を図ります。
3.AI活用による具体的な業務改善事例
最近、セミナー等でAIを使った具体的な業務改善事例が多数公表されるようになってきました。こうした情報を収集し、是非取り入れていってください。
AI事例の優れている点は、自社と完全に一致しないケースであっても、AIが状況の違いを吸収して応用できる可能性が高いことです。特に以下のような分野ではAIの成功事例を多く見かけます。
①データ分析とレポート生成の自動化
AIを活用することで、膨大なデータから重要な気づきを得て、リアルタイムで経営陣に報告するシステムを構築できます。これにより、マーケティングや営業の意思決定が迅速化します。
②顧客サポートのチャットボット
AIチャットボットを導入することで、よくある問い合わせに対する対応を自動化し、サポートチームの負担を軽減します。これにより、顧客対応のスピードが向上し、満足度も高まります。
③生産プロセスの最適化
AIを使った予測分析により、在庫管理や生産スケジュールの最適化が可能となり、コスト削減と効率化が進みます。
4.AI活用を推進するための組織戦略
AIは、データ処理やパターン認識に優れ、これまでの人手による反復的作業を大幅に効率化することができます。情シスが中心となり、AIの導入を全社的に推進することで、業務効率化はもちろん、意思決定の迅速化や予測精度の向上が期待できます。
しかし、単にAIを導入するだけでは効果が出ません。組織全体の業務プロセスを見直し、AIが効果を発揮できるような全体最適を目指す必要があります。
AIを業務プロセスに組み込む場合、単にAIツールを導入するだけでは十分ではなく、「AIが活用するデータの質と整備状況」がAI活用の成否を大きく左右します。
AIは自律的に情報を生み出すわけではなく、業務内外に存在する「社内ナレッジ」「業務データ」「ドキュメント」を学習・参照して初めて価値を発揮します。
具体的には以下が挙げられます。
<AIによる業務支援の具体例>
- 問い合わせの自動回答 → 社内FAQ・規定・過去の問い合わせログを参照
- 自動レポート生成 → 日報・業務システムからのデータ抽出・分析結果を基に生成
- 意思決定支援AI → 過去の業績、プロジェクトデータ、顧客データなどを入力として活用
これらは裏側で「業務データやドキュメントの整備が前提」となります。
「業務データやドキュメントの整備」とは何かというと、例えば、各部門が異なるフォーマットで顧客データを管理している場合、AIが正確に情報を横断的に分析したり、回答を導くことが困難になります。
<典型的な問題例>
- 顧客名の表記揺れ(例:株式会社ABC / ABC(株))
- 売上データの単位違い(千円単位、百万円単位など)
- ドキュメントが「紙・個人PC・共有サーバー・クラウド」に散在
このようなデータの非統一は、AIによる誤った出力や不完全な結果の原因となり、AI活用の効果を弱めてしまうのです。
データ・情報基盤の整備に必要な項目としては以下のようなものがあります。
①データ定義の共通化
•マスターデータ管理(MDM)を実施し、部門間でデータ定義を統一
•例:顧客名・商品名・プロジェクト名などの標準化
②ドキュメント管理ルールの明確化
•ドキュメントの保管場所、命名ルール、版管理、メタデータ(作成日・担当者など)の統一
•共有サーバーやクラウドにおける適切なディレクトリ構造の策定
③データの蓄積・アーカイブ整備
•過去の業務実績データ、取引履歴、FAQ、業務マニュアルなどをAIがアクセス可能な場所に集約・整理
•ベクトルデータベース等への格納を検討(RAGなどの手法を活用)
④AIに渡す情報の「品質チェック」プロセス
•不正確なデータや古いドキュメントがAIに渡らないよう、定期的な棚卸やレビューを実施
情シスがこうした取り組みをリードすることで、会社としてのAI活用や業績向上に大きく貢献することになります。
5.AI活用のリスクとセキュリティ対策
AI活用にあたっては、セキュリティリスクへの対策が不可欠です。特に以下の点に注意が必要です。
①情報漏えい防止
AIの活用において最も懸念されるのが、機密情報や個人情報の漏洩です。外部の生成AIサービス(SaaS型AI)に社内データを入力する場合、そのデータがAIの学習や外部共有の対象となるリスクがあります。
対策としては、AI利用ガイドラインで「個人情報・機密情報の入力禁止」を明示する。社内限定のクローズドAI環境を推進するなどが考えられます。
②著作権・コンプライアンス遵守
AIはインターネット上の膨大な情報を学習しています。そのため、AIが生成する文章や画像、コードなどには、著作権的にグレーなコンテンツが含まれる場合があります。
対策としては、生成AIのアウトプットは「ドラフト」と位置づけ、最終的な社内レビュー工程を必須とする、AIガイドラインで「AI生成物の利用ルール」を明示するなどがあります。
③説明責任
AIによる意思決定がビジネスに影響を与える場面が増える中で、AIの判断プロセスを人間がきちんと説明できることが求められます。いわゆる「AIブラックボックス問題」の対策です。
対策としては、「AIが出力した回答に対して必ず人間がチェック・判断する」ワークフローを義務化する。AI活用ガイドラインで「AIは判断補助のツールであり、最終判断は人間が行うこと」を明示するなどがあります。
6.AIと人間の協働を最適化する
AI導入の過程で、AI導入により「自分たちの仕事が奪われるのではないか?」という疑問が生じるかもしれません。しかし、AI導入の目的は「人間がAIを使って業務の質を高める」ことです。そのために、AIの強みと人間の強みの違いを明確に意識することが大切です。
<AIの得意領域>
- 大量データの高速処理
- ルールベースやパターン認識による自動化
- 繰り返し業務の効率化(例:帳票作成、集計、問い合わせ対応)
- 24時間365日の稼働
<人間の得意領域>
- 創造性やイノベーションの創出
- 感情を伴うコミュニケーションや交渉
- 現場の状況判断・最終意思決定
- 不確実性への柔軟な対応
最近ではAIの性能が飛躍的に向上し、人間の得意領域にまで進出してきています。しかし、最後は人間が行うという意識を保持することが重要です。
その上で、以下のような活用を心がけましょう。こうした意識を持つことで、AI活用はさらに浸透するはずです。
①AIが下準備 → 人間が判断
AIがデータ集計や資料のたたき台を作成し、人間が最終的な編集や判断を行う。
例:営業報告書のドラフト作成をAIが担当し、最終チェックと提案内容は人間が追加。
②AIによるルーチン自動化 → 人間が付加価値業務に集中
AIが定型的な問い合わせへの一次対応を行い、人間はクレーム対応や新規提案など、より高度な業務にリソースを割く。
③AIが意思決定支援 → 人間が最終判断
AIが過去データやリアルタイムのKPIをもとに意思決定の「根拠」を提示し、人間がリスクを考慮して意思決定を下す。
7.今後の課題と情シスの役割
AI導入の取り組みは一過性ではありません。AIは時々刻々と進化していますし、ビジネス環境も常に変化していますから、それに合わせた継続的な活動が必要です。
具体的には次に挙げる活動が求められます。
こうした状況の中で、情シスには以下のような役割が期待されています。
この役割を実施するには、当然それなりの工数が発生します。上記の期待に応えるための増員を提案しましょう。
・AI活用推進の「司令塔」となる
情シスは、AI導入におけるインフラ整備だけでなく、AI活用の社内推進役として、各部門との橋渡しを行う「司令塔」としての役割が可能です。AI活用の戦略設計やロードマップの策定、社内への方針浸透をリードすることで、会社のAI浸透に大きく貢献します。
・AIガバナンス体制の構築
情シスは、AI活用ガイドラインやセキュリティポリシーを定期的に見直し、最新のトレンドや法規制に対応したガバナンス体制を構築する役割を担います。これにより、AI活用におけるリスク低減を図ります。
・部門間でのナレッジ共有、活用モデルの標準化
部門ごとのAI活用事例や成功パターンを横展開し、全社的なAI活用モデルの標準化を進めるのも情シスの役割です。社内ポータルや勉強会を活用して、AI活用ノウハウを「全社資産」として蓄積します。
・AI-Readyなデータ基盤の整備
AI活用の前提となる、統一されたデータ定義やドキュメント管理ルールの整備も情シス主導で進めます。AIが正しい情報をインプットとして扱える環境を構築し、業務プロセスへのAIの円滑な組み込みを支援します。
・現場に寄り添った伴走支援
単なるルール策定に留まらず、現場へのヒアリングやAI活用相談窓口の設置、各部門のAI活用を支える支援窓口としても機能します。
8.まとめ
あらゆる企業組織が生成AIを活用して生産性向上を目指している今は、情シスにとって会社のヒーローになる最大のチャンスです。この絶好の機会をぜひ活かし、組織全体の成長をリードしていってください。
おわりに ~ご意見お聞かせください~
本コラムの主旨は単に情報やノウハウを伝えることではなく、読者の方からのフィードバックを受けて各テーマの解像度を高め、実践を積み上げていきたいというものです。
皆様の組織ではどのような課題を持っていますか、解決した事例はありますか。コラムの中で是非ご意見を紹介させてください。
▼是非こちらのフォームよりご意見、ご感想をお寄せください。▼
■著者紹介■
村松 真(むらまつ まこと)
出身:東京都稲城市
ひとこと:情シスの皆様に寄り添うコラムをお届けします
Microsoft Top Partner Engineer Award 2023年 受賞
エンジニアとしてのキャリアに加え、経営や組織開発、文書管理、Microsoft の製品知識、情報セキュリティなど幅広い視点で、中堅中小企業のお客様を支援。
大学に入学した1982年からコンピューターにさわりはじめ、社会人になってからはプログラマー、SE、開発管理などソフトウェア開発全般を経験しました。その後日本マイクロソフト社の有償サポートのマネージャを経てソフトクリエイト社に入社しました。
ソフトクリエイト入社後はサーバー構築やクライアントのドメイン移行や運用支援など、インフラ構築系案件のプロジェクトマネージャーとして経験を積んできました。
2019年に中小企業診断士の資格を取得し、コンピューターシステムだけではなく、経営視点や組織開発、文書管理、情報セキュリティなど様々な角度からお客様のソリューション支援を行っています。
長年情シスのお客様と接していて、頑張っているのになかなか報われない姿をみてどうやったら応援できるだろうかと考え続けてきました。
DXによる変革と、AI活用による業務変革がすべてのお客様に求められる現代において、情シスの価値が爆上がりするチャンスが到来しました。
この機を捉えてブレイクする情シスに寄り添うコラムをお届けしたいと思います。