日々の業務に孤軍奮闘して企業の IT 環境を支える少数制の情シス担当者は、さまざまな悩みを抱えているはずです。頼れる相手がいない、何でもできると思われる、どのようにしてスキルアップを図ればいいのか悩ましい……。そこで今回は仕事関連のつてをたよりにひとりの情シス経験者を集め、覆面座談会を開催しました。場所は新宿の会議室。登場するのは、とある企業プロジェクト(Web サービスの構築・運用)で苦楽をともにし、現在は別々の環境で活躍している3人の情シス経験者。顔出し NG、実名 NG といった条件と引き換えに、ひとりの情シスならではの苦労や、改善のためのポイントなどを赤裸々に語り合ってもらいました。
(座談会参加者プロフィール)
原口氏(仮名)
小規模な企業で社内 SE として経験を重ね、座談会メンバーが担当したプロジェクトに参加。現在はその企業に所属して社内システムやアプリの開発・運用を行っている。社内の片隅にサーバーを設置し、ハードウェアのメンテナンスも含めてシステム運用を行うという、昔ながらのひとりの情シス環境を経験してきた。
武藤氏(仮名)
3人の座談会メンバーが担当したプロジェクトでは主にマネージメントを担当する。その後自社プロダクトとの構築・運用を1人で担当するなどひとりの情シスとして活躍。現在は専門学校の講師を務める。システムで必要な証明書の更新を忘れてしまい、年末年始に関係メンバー全員のスマホにアラートを鳴り響かせたという武勇伝を持つ。
安井氏(仮名)
エンジニア会社に就職し、さまざまな企業のプロジェクトに参加。その後、独立してフリーランスとなり、現在は大手企業の大規模な環境で活躍を続けている。昔、仕事の先輩が本番環境のルートをすべて削除してしまうという恐ろしい失敗を目の当たりにしており、情シスとしての慎重さが備わった。
「ひとりの情シス」として感じた課題とは
――ひとりまたは少人数で情シスの業務を行った感想をお聞かせください。
武藤氏:この3人で担当していたプロジェクトでは、私が唯一の正規社員だったので社内とのやり取りを含めたマネージメントも担当していました。その後は、自社プロダクトを1人で担当し、インフラの調整からサーバーの負荷管理や新機能の追加などを全部1人で行っていました。まさに「ひとりの情シス」で、かなり大変でしたね。
原口氏:3人が担当したプロジェクトに関わる前から、小さな会社の社内 SE として Web サービスの構築などを行っていました。1~2人の情シスで業務をしているとインフラにも関わらないといけないケースが増えますが、余力がないのでまずは構築だけを行い、あとはもう触らない。すると、そもそもどうやって構築したのかを忘れてしまい、困ることになりました(笑)。1人で全部やると情報量が多すぎて混乱するんですよね。
安井氏:確かに1人または少人数でアプリやサービスを開発する際、一番問題なのはインフラを含めた指揮者がいないことですね。「本当にこれで大丈夫なのか?」と感じても確認する相手がいない。最終的には「動いているからまあいいか」という流れになったりします。
左より、社内システムやアプリの開発・運用を手がける原口氏、元ひとりの情シスの武藤氏、現フリーランスの安井氏
頼れる相手がいないのが「ひとりの情シス」の苦悩
――業務上の悩みや課題はどのように解決されたのですか?
安井氏:現在はアプリ、サービス関連だけで30人ほどのエンジニアがいて、インフラ担当も別にいるという比較的規模の大きな企業で仕事をしているのですが、「これでいいのか?」と思っても聞く相手がいない状況は大規模の環境でも普通にあります。スーパーマンがいれば別ですが、在籍する30人で情シスが抱えるすべての問題をカバーできるわけではない。そういう場合は、信頼している人に聞くか、技術専門の Q&A サイトで質問します。Q&A サイトは意外とすぐにレスポンスがあるので重宝しています。
原口氏:私は何かインシデントが発生したら、まずは Web で検索しています。エラーコードを Google で検索して、情報を新しいページを参照にすると、けっこう解決が早いケースが多いです。
武藤氏:私も、インシデントを確認して原因がほぼ特定できていたとしても、必ずいろいろなサイトを確認するようにしています。原因がわからない場合は、技術者の知り合いに聞いて解決しています。なので勉強会に参加し、登壇者や参加者とどうにかして繋がりを持つようにしています。
――業務上の課題を相談できる相手はどれくらいいるのでしょうか?
武藤氏:1、2、3……少なくとも20人以上はいますね。
原口氏:私はそんなにはいません(笑)。あまり勉強会などに参加していないので……。
安井氏:私もいませんね(笑)。基本的にはもっとも信頼している先輩が一人、他社にいるのですが、その人に全部聞いています。あとは Web サイトで検索して解決方法を探しますね。エンジニアさんのブログで探してもいいですし、もちろん StackOverFlow や Quora などの質問系のサイトも有効です。場合によっては、Google のキーワード検索や Yahoo! 知恵袋など一般的な方法でも必要な情報を得られますし。世界には何かしら同じような事例があるはずなので、調べていけば何かしらのヒントが見つかると思っています。
――人に聞いたり、Web で調べたりした内容から対処方法をどう選択するのでしょうか。
武藤氏:異なる情報、意見が集まったときは、差し迫った問題に関しては「早く効果が見られる」ものから試します。それ以外のケースでは「これがセオリーだけど、こちらの新しい方法を試そう」と考えることもあります。ただし、信頼できるメンバーがいる状況であればの話で、ひとりの情シスの場合はこうした冒険はしませんね。
効率的な業務を行うために必要なものとは
――ひとりの情シスでありがちなことは?
原口氏:情シス部門の人が少ない会社だと、何でも簡単に頼んでくる傾向がありますよね。情シス担当者が何でもできると思っている人がいて困ります。
武藤氏:難しいと知っていて、あえて頼んでくる人もいますね(笑)。
原口氏:要望も固まっていないのに、40%くらいの時点で頼んでくるんです。なのにゴールの日付だけが決まっている(笑)。小規模な会社ではスピード感が重要なこともあり、設計書や要件定義書を作らずに作業を進めることもあります。ただ、これだと工程管理が難しく効率的な仕事にはなりません。引き継ぎもできないので、後任の情シス担当者の苦労が増えてしまいます。
武藤氏:それもあって、少人数の環境では最小工数のミニマムなやり方を選択する傾向があります。
原口氏:小さいところは予算も時間もかけられないので、きちんと工数削減を行うことが多いです。
――最小工数に抑えるために工夫していることは?
原口氏:苦労して成功させたプロジェクトも、時間が経つとけっこう詳細を忘れてしまいがちです。また一からの作業になってしまうので、できるだけ作業内容を記録するようにしています。それに合わせて、リソースも保存してあとから使えるようにしていました。たとえば新規プロジェクトの6割に既存のリソースを利用し、残りの4割を継ぎ足す、という手法で工数を削減しています。
武藤氏:私も再利用可能なモジュールとして作っておくことが重要だと思っています。使い回すであろう部分は、これまで蓄積していた経験や、類似サービスを確認することで想定できます。
すべての要望に対応しようと思うと身が持たない
――ひとりの情シスで業務システムやアプリの構築を行う際に気を付けたことは?
武藤氏:要望があった機能の半分はそぎ落とすような心構えでいると余裕が生まれます。ひとりの情シスは、言われたことを全部やらなければならないと思い込んでしまう傾向にあります。それでは精神的にもつらくなるので、「恐れずに、いかに切るか」を考えて業務を進めるのが効果的だと思います。
安井氏:リリースも、クリティカルな不具合がなければ大丈夫という感じで構えていると安心です(笑)。
――同じ立場で活躍するひとりの情シスに一言。
原口氏:本を買ったりセミナーに参加したりと勉強をするのもいいのですが、日々の業務を行っていくなかで必要な知識やスキルはひと通り揃うと思うんです。ただ、ひとりの情シスでずっと同じ業務をしていると、そこから先の伸びがなかなか難しい。スキルの幅を広げたいのなら、極端な話、環境を変えることも必要なのかなと思います。
武藤氏:ひとりの情シスを経験して気づいたのは、先ほども話した「恐れずに、いかに切るか」です。最初から「何割は切る」と心の中で決めておくと、余裕が生まれて効率的な業務が実現できると思います。
安井氏:ひとりの情シスの担当者は何でも自分で調べなければならないので、とりあえず英語を勉強しておくのがオススメです。エラーメッセージも英語が多く、Web の翻訳サービスでは正しい意味を把握できないこともあるので。英語がわかれば必ず役立つはずです。
武藤氏:確かに、システム関連でベンダーに問い合わせるときも、英語でやり取りしなくてはならないケースは意外と多いです。英語の習得は効果的ですね。
――ひとりの情シスにおける課題はさまざまですが、その解決法には共通するところも見受けられました。中でも「悩みや課題を相談できる人やサービスを確保すること」や「仕事の内容とリソースを保存しておくこと」そして「すべてを完璧にこなそうとせず、“恐れずに切る”心を持つこと」は、みなさんが重要視していたように思います。本日は2時間にもわたる長時間の座談会に参加していただき、ありがとうございました。