舞台:株式会社トリリス精機
登場人物:相馬直哉(情報システム・実務担当)、三浦智子(情報企画部マネージャー)
生成AI時代のデータライフサイクル管理とは ~データの寿命と「忘れる」運用~
8:42
包装ラインのスピーカーが小さく鳴った。
「ラベル色が仕様と違う、印刷やり直しです!」
相馬直哉のチャットに、製造の若手からメンションが飛ぶ。
「AIに聞いたら“旧仕様:青”って出てきました。
昨日の監査では“新仕様:緑”だったはずで……」
相馬は顔をしかめて社内FAQチャットボットのログを開いた。質問はこうだ。
『製品Bの外装ラベル色は?』
『青。詳細は「パッケージ仕様_2018.pdf」3ページ参照』
画面の下に、青いリンクが光る。
(また、昔のファイルを引いてる……)
8:55
会議室。三浦智子が静かに言う。
「読めるようにする、はやった。次は古いものを読ませない、よ。」
相馬はナレッジハブで該当フォルダを開く。正本URLのすぐそばに、
旧_パッケージ仕様_2018.pdf
旧_パッケージ仕様_2020最終候補.pdf
――といった亡霊ファイルが並んでいる。名前は「旧」と書いてあるが、通常ビューに見えてしまう。AIも人も、似た言葉が多い方へ引き寄せられる。
「見出しもOCRも整った。だからこそ“古い嘘”がよく通る。」
三浦はモニターの右側を指さした。
状態:未設定|最終更新:2018-03-11|見直し期限:—
「寿命の情報(見直し期限)がどこにも書かれていない。廃止の儀式もない。
だから残り続けて、AIが拾う。」
9:12
包装課の係長が駆け込んでくる。
「午前の出荷、30分遅延です。原因はAIの回答で間違えた、でいいですか?」
三浦は首を横に振る。
「原因は運用です。AIは読んだものを答えただけ。」
相馬は椅子を回してキーボードを叩いた。
「いまから“忘れる仕組み”を入れます。」
9:30
相馬は正本URLのコンテンツタイプに4つの項目を追加した。
- 状態:下書き/公開/廃止予定/廃止
- 見直し期限:次に中身を確認する日付
- 保存期間:いつまで保管(監査・法務のための年限)
- 代替先:廃止したらどの正本URLを見ればよいか
「文書の誕生日と寿命を、プロパティで見せます。」
相馬は通常ビューの絞り込み条件を変えた。状態=公開のみを表示。廃止/廃止予定は非表示にして、検索結果からも外す。旧版はバージョン履歴へ。
「フォルダに“OLD”を作るんじゃない。状態で消すんだ。」
三浦が頷く。
「見せない勇気、ね。」
9:47
問題の“旧”ファイルを開く。右上に**[廃止にする]**。
相馬は理由欄に短く書いた。
「新仕様(緑)に置換。正本URL:/PackagingSpec/2025」
ポンという軽い音。ファイル名は変わらないが、状態が“廃止”になり、通常ビューからすっと消える。
代わりに正本URLのカードに**「旧仕様から置換」**のリンクが自動で出た。
包装課の係長が目を丸くする。
「現場の一覧から消えました。検索しても出てこない。助かります。」
「AIの取り込みも状態=公開だけに限定したわ。」
三浦が画面の連携設定を示す。
「廃止はRAGの対象外。アーカイブは監査用に見えるけど読ませない。」
10:05
相馬は正本URLの一覧に列を一つ追加した。
見直し期限。期限が近づくと自動通知が飛ぶ設定だ。
「各部の文書管理担当(一次復元)に毎月5本だけ振り分けます。
見直し確認と**“継続/改訂/廃止”**のボタン一つ。」
三浦が付け加える。
「保存期間が終わったら自動で非表示→アーカイブへ。
法務系だけは別ルールで長期保管。“全部残す”は“全部迷子”になるからね。」
10:20
包装ラインから再メンション。
「AIの回答、緑に直りました。正本URLの代替先リンクも出てます。」
相馬は肩を落として笑った。
「忘れるって、強いですね。」
「捨てる技術とも言うわ。」
三浦は白板に3行だけ書いた。
今日決めること
1.状態で見せる/見せないを制御(旧は非表示)
2.見直し期限と保存期間を数字で決める
3.代替先を必ず示す(迷子の出口)
「命名やOCRは“読むため”の整備。」
三浦はペンを置く。
「寿命の設定は“間違えて読まないため”の整備。両輪よ。」
16:40
相馬は週次の見直しカレンダーを社内チャットに流した。
「金曜10:00、包装部の見直し5本。ボタンで“継続/改訂/廃止”を選ぶだけ。迷ったら三浦へ。」
スタンプが並び、誰かが短く書いた。
「ゴミ箱行きの勇気、いい言葉ですね。」
相馬は画面を閉じ、窓の外を見た。夕日の緑が工場棟の壁に薄く広がっている。
(緑で、よかった。)
三浦が帰り際に振り向く。
「忘れることが、賢さを作るの。」
「はい。」
相馬は小さく頷いた。
「古い嘘は、見せない。」
解説:データには寿命がある
1.なぜ「読ませない設計」が必要なのか
第4回では、AIが正しく読めるようにする整備(OCRや構造化)を行いました。しかし、それだけでは十分ではありません。どれほど整えられた文書でも、古い情報が残っていればAIはそれを拾ってしまいます。
生成AIは「正しいもの」を選ぶのではなく、「読めるもの」を基に答えます。だからこそ重要なのは、何を読ませるかを人間側が決めることです。そのために必要なのが、データのライフサイクル管理です。
2.ライフサイクル管理という考え方
文書には必ず寿命があります。仕様は改訂され、担当者は変わり、前提条件も変化します。にもかかわらず、古いファイルが検索結果に残り続ければ、人もAIも迷います。
これを防ぐには、文書に次のような情報を持たせます。
- 状態(公開/廃止予定/廃止)
- 見直し期限
- 保存期間
- 代替先(新しい正本URL)
重要なのは、ファイル名で管理するのではなく、プロパティ(メタデータ)として管理することです。
状態が「廃止」であれば通常ビューから非表示にする。保存期間が終了すればアーカイブへ移す。「残す」と「見せる」を分けて考えることが、迷いを減らします。

3.実現方法と現実的な選択
Windows のローカル環境でも、ファイルのプロパティ管理は可能です。しかし、
- 必須入力ができない
- 自動通知ができない
- コピーでメタ情報が失われることがある
といった制約があり、統制は難しくなります。
そのため、重要文書については、タグ管理や列管理が可能な文書管理システムやクラウド基盤(例:SharePoint Online)を活用することを推奨します。
これらの環境では、
- 状態管理
- 表示制御(公開のみ表示)
- 期限通知
- 自動アーカイブ
が仕組みとして実現できます。
生成AI活用を前提とするなら、「何を読ませないか」を設計できる基盤は不可欠です。
データは「作る」だけでは管理とは言えません。終わらせるところまで設計して、初めて管理です。
データには寿命がある。
だからこそ、管理する。
次回予告(内容紹介)
本コラム第6回では、誰が決め、誰が回すのかを明確にする体制づくりを整理します。
責任の所在を見える化し、データ管理を“属人化”から“仕組み化”へ進める具体策を解説します。
本コラムの主旨は単に情報やノウハウを伝えることではなく、読者の方からのフィードバックを受けて各テーマの解像度を高め、実践を積み上げていきたいというものです。
皆様の組織ではどのような課題を持っていますか、解決した事例はありますか。コラムの中で是非ご意見を紹介させてください。
▼是非こちらのフォームよりご意見、ご感想をお寄せください。▼
■著者紹介■
村松 真(むらまつ まこと)
出身:東京都稲城市
ひとこと:情シスの皆様に寄り添うコラムをお届けします
Microsoft Top Partner Engineer Award 2023年 受賞
エンジニアとしてのキャリアに加え、経営や組織開発、文書管理、Microsoft の製品知識、情報セキュリティなど幅広い視点で、中堅中小企業のお客様を支援。

大学に入学した1982年からコンピューターにさわりはじめ、社会人になってからはプログラマー、SE、開発管理などソフトウェア開発全般を経験しました。その後日本マイクロソフト社の有償サポートのマネージャを経てソフトクリエイト社に入社しました。
ソフトクリエイト入社後はサーバー構築やクライアントのドメイン移行や運用支援など、インフラ構築系案件のプロジェクトマネージャーとして経験を積んできました。
2019年に中小企業診断士の資格を取得し、コンピューターシステムだけではなく、経営視点や組織開発、文書管理、情報セキュリティなど様々な角度からお客様のソリューション支援を行っています。
長年情シスのお客様と接していて、頑張っているのになかなか報われない姿をみてどうやったら応援できるだろうかと考え続けてきました。
DXによる変革と、AI活用による業務変革がすべてのお客様に求められる現代において、情シスの価値が爆上がりするチャンスが到来しました。
この機を捉えてブレイクする情シスに寄り添うコラムをお届けしたいと思います。


