舞台:株式会社トリリス精機
登場人物:相馬直哉(情報システム・実務担当)、三浦智子(情報企画部マネージャー)
きょうはライン3の定期監査が10時に控えている。提出するのは、検査手順・記録・顧客提出PDFなどをひとまとめにした「出荷検査一式」。
社内の文書は公式の置き場(ナレッジハブ)へ集約し、正本URLで配る運用に変えたばかり―迷子は減った。あとは「壊れてもすぐ戻せる」かどうかだ。
社内文書の復元~消えた一日とバックアップの教訓~
9:17
製造管理の若手からチャットが飛び込む。
「出荷検査一式が、空です。」
相馬はナレッジハブ(=社内の公式リポジトリ)を開く。
案件フォルダ20251027__PRJ-LINE3__出荷検査一式が何も表示しない。昨日まで整っていたはずの一式が消えている。
「直哉くん、現場へ。」
三浦が小走りで現れる。
「10時に監査。まずは止血から。」
9:24
相馬は正本URLの一覧を開き、顧客提出用PDFの公開版を表示。右上のメニューから「バージョン履歴」(=過去の版の一覧)へ入り、昨夜の版を復元する。
検査記録は、検査端末に残っていたローカル保存分を同じ正本URLに再アップして穴を埋める。
ただ、承認記録と当日差し替えた図表が見つからない。
「新人の一括削除……かもしれない。」
相馬が言う。
「かもしれないわね。」
三浦は首を振る。
「でも本当の原因は、戻せる設計がないこと。」
9:32
「フォルダ単位で今朝8時に戻せれば一発ですが、時点復元(=サイトやドライブを特定時刻の状態へ巻き戻す)は管理者権限が要ります。」
「権限者は?」
「情シスの管理担当です。いま客先対応で…」
内線の向こうで同僚が小声で言う。
「いまエレベーターの中らしいです。」
「圏外は、事故と同盟を結びがちね。」
三浦は肩をすくめ、すぐ顔を引き締めた。
「最低限を揃えるわ。顧客提出PDF、検査記録、暫定の承認メモ。差し替え予告は私が言う。」
9:57
監査担当が来室。三浦は事情を簡潔に説明し、正式な承認記録は午後差し替えで合意を取る。
大きな火は消えたが、相馬の指先にはまだ冷たい汗が残る。今回は“たまたま”で助かった。
10:05
会議室。三浦がホワイトボードに論点をまとめ、相馬は画面を共有して設定を確認する。右下に小さな表示
「ごみ箱保持期間:30日(既定)」
相馬は息をのむ。
「既定のまま……。」
三浦がマーカーで短く書く。
•保持設定が弱い(既定のまま)
•復元の役割が曖昧(誰が・どこまで・何分で)
•戻し方の使い分けが不明
1) ファイルの履歴復元(一点だけ戻す)
2) 案件フォルダの戻し(一式まとめて)
3) サイト/ドライブの時点復元(大きく巻き戻す)
•外部共同編集の上書きリスク
「学びはシンプル。」
三浦。
「『どの時点まで戻せれば十分か』『何分で戻すか』を先に数字で決めて、その通りに戻せるか練習する。
これだけ。難しい英語は封印しましょう。」
相馬がうなずく。
「戻す時点の目安と復旧の目安。数字で言い切る、ですね。」
11:12
管理担当が戻り、時点復元の操作が可能に。相馬は今朝7:00をポイントに指定し、案件フォルダを一括復元する。
11:18
空だった一覧に、白い紙アイコンが一枚、また一枚と戻っていく。
最後のファイルに緑のチェックが灯り、相馬は背もたれに体を預けた。
「承認記録、正本URLの位置に戻りました。」
「URLは変えない。」
三浦が頷く。
「私たちが戻る場所は、いつも同じ。」
11:30
三浦がボードに数字を書く。
•戻す時点の目安:24時間以内(昨日の状態まで戻せればOK)
•復旧の目安:60分以内(主要案件フォルダは1時間で復旧)
「それから―」
三浦は指を一本立てる。
「毎週10分の“復元ドリル”。持ち回りでやる。手が覚えていれば静かに戻せる。」
13:40
午後、相馬はナレッジハブの運用設定を見直す。保持期間を延長、時点復元の窓口は情報企画が一次対応、外部共同編集は正本URL経由のみ許可―コピー配布は禁止に。
16:05
社内チャットに三浦が短いお知らせを流す。
#お知らせ|戻せる設計・戻す練習(当面の運用)
・戻す時点の目安:昨日まで戻せればOK(24h)
・復旧の目安:主要案件は1時間で復旧(60m)
・戻し方の使い分け:①ファイルの履歴 → ②案件フォルダの戻し → ③サイト/ドライブの時点復元
・役割:各部の文書管理担当(一次復元)=①、情報企画(復元窓口)=②③
・練習:毎週10分の復元練習(持ち回り)
・お願い:外部共同編集は正本URL経由。コピー配布は禁止
画面に「助かる」「分かりやすい」のスタンプが並ぶ。
相馬は深く息を吐いた。
「戻せる会社って、いい響きです。」
「迷子ゼロと同じくらい大事よ。」
三浦は窓の外を見る。遠くの工場棟に、夕方のランプが灯る。
「整えて、守って、戻せる。 ここまで来れば、AIにも人にも優しい会社になれる。」
本コラムの主旨は単に情報やノウハウを伝えることではなく、読者の方からのフィードバックを受けて各テーマの解像度を高め、実践を積み上げていきたいというものです。
皆様の組織ではどのような課題を持っていますか、解決した事例はありますか。コラムの中で是非ご意見を紹介させてください。
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■著者紹介■
村松 真(むらまつ まこと)
出身:東京都稲城市
ひとこと:情シスの皆様に寄り添うコラムをお届けします
Microsoft Top Partner Engineer Award 2023年 受賞
エンジニアとしてのキャリアに加え、経営や組織開発、文書管理、Microsoft の製品知識、情報セキュリティなど幅広い視点で、中堅中小企業のお客様を支援。

大学に入学した1982年からコンピューターにさわりはじめ、社会人になってからはプログラマー、SE、開発管理などソフトウェア開発全般を経験しました。その後日本マイクロソフト社の有償サポートのマネージャを経てソフトクリエイト社に入社しました。
ソフトクリエイト入社後はサーバー構築やクライアントのドメイン移行や運用支援など、インフラ構築系案件のプロジェクトマネージャーとして経験を積んできました。
2019年に中小企業診断士の資格を取得し、コンピューターシステムだけではなく、経営視点や組織開発、文書管理、情報セキュリティなど様々な角度からお客様のソリューション支援を行っています。
長年情シスのお客様と接していて、頑張っているのになかなか報われない姿をみてどうやったら応援できるだろうかと考え続けてきました。
DXによる変革と、AI活用による業務変革がすべてのお客様に求められる現代において、情シスの価値が爆上がりするチャンスが到来しました。
この機を捉えてブレイクする情シスに寄り添うコラムをお届けしたいと思います。

